麻酔科医 柏木先生 vol.03_柏木先生が専門書を出版!
「無痛分娩PRESS」の監修をお願いしている麻酔科医の柏木先生。2023年12月に東京マザーズクリニックの院長である林聡氏と共著『無痛分娩 症状アセスメントポケットマニュアル (メディカ出版)』をリリースされました。そこで今回は「誰に向けた本なのか?」「どんな内容なのか?」「こだわりのポイント」などについてお話を伺いました。
柏木先生Profile
柏木 邦友(かしわぎ くにとも)先生
■麻酔科医(専門医・認定医・標榜医)
■「東京マザーズクリニック」麻酔科医/「鼻のクリニック東京」麻酔科医/「アネストメディカル株式会社」代表取締役。
資格:日本麻酔科学会指導医/麻酔科標榜医/ACLS BLS NCPR ALSO取得
所属学会:日本麻酔科学会/日本臨床麻酔科学会/日本産婦人科学会/日本周産期新生児学会/日本集中治療学会/日本産科麻酔学会/IARS/OAA
経歴:これまで手掛けてきた無痛分娩は延べ3,000件以上。2013年に「アネストメディカル株式会社」を設立し、関東を中心に複数の施設で産科麻酔の臨床だけでなく、安全で効果的な無痛分娩の指導やマネージメントも行っている。産科麻酔以外にも日帰り全身麻酔手術や獣麻酔監修など麻酔のプロフェッショナルとして幅広く活動している。
2004年順天堂大学医学部卒業後、2006年順天堂大学浦安病院臨床研修修了、順天堂医院、順天堂練馬病院麻酔科、聖隷浜松病院麻酔科、順天堂大学浦安病院麻酔科を経て、2014年より東京マザーズクリニック勤務
著書に
『怖くない・痛くない・つらくない 無痛分娩(PHPエディターズグループ)』
『とれない「痛み」はない』(幻冬舎新書 671)
『無痛分娩 症状アセスメントポケットマニュアル』(メディカ出版)
最近、無痛分娩に関してどんな取り組みをされていますか?
interviewer:柏木先生、お久しぶりです。相変わらずお忙しそうですね。
柏木先生:そうですね。いろんな病院に行かせていただいています。
interviewer:「東京マザーズクリニック」以外の病院にも継続して行かれているのでしょうか?
柏木先生:そうなんです。いろんな病院で麻酔科医として関わっていくことは、今後やっていかなければならないことの1つではあるので。
interviewer:なるほど。
柏木先生:現状では、全ての産科施設に麻酔科医がいるわけではないのです。無痛分娩には産科の医師だけなく麻酔科医が関わることが重要だと思うので、ちょっと忙しいのですがあちこち行かせていただいて、ご協力できればと思っています。
interviewer:その中でも新たな取り組みなどはありますか?
柏木先生:はい。「東京マザーズクリニック」では「なるべく分娩は断らない」という取り組みを始めています。これまで「こういう病気がある場合はできません」とお断りすることもありました。例えば側弯症(そくわんしょう)をご存じですか?
interviewer:いや、わからないです。どういった病気なのでしょうか?
柏木先生:背骨が曲がっている病気です。ただ、それほど珍しい病気ではなく、学会のHP(日本側弯症学会)には10度を超える側弯症は2〜3%程と言われていますが、女性に限定して考え、わずかな側弯症を含めるとおそらく10人に1人くらいの割合で発症するような病気です。ただ側弯症があったからといって、無痛分娩でそれほど困ることはないのですが、麻酔をする時に背中が曲がっていると難しいということがあって。
interviewer:硬膜外麻酔は背中から麻酔を注射しますから、確かに大変そうですね。
柏木先生:だから側弯症がある人は無痛分娩ができないという施設もあります。「東京マザーズクリニック」としては断りたくないので「側弯症でも無痛分娩をやります」とホームページに載せたところ、側弯症の患者さんの来院がすごく増えています。
interviewer:そこにニーズがあったのですね。
柏木先生:そうなんです。今、僕の中では「断らない分娩」ということをテーマとしてやっていまして、側弯症や背中を手術した患者さんでも安心して無痛分娩ができるようにしていきたいと思っています。
interviewer:大切なことですよね。
書籍の出版について
interviewer:2023年12月5日メディカ出版より『無痛分娩 症状アセスメントポケットマニュアル』が出版されましたが、出版された経緯や理由について教えてください。
柏木先生:はい。無痛分娩に関わる学会などでは、最初は医師の教育を重点的に行っていました。でも実は無痛分娩を支えていくのは妊婦さんの一番身近にいる助産師さんではないかという想いが元々あったのです。妊婦さんのいろんな状況に初めに気づくのも助産師さんなので、学会でも助産師教育の必要性を話しており、出版社の方もそういった主旨での書籍化に関して興味を持ってくださっていたという経緯です。
interviewer:なるほど。
柏木先生:例えば「盲腸にはこういう治療があります」など「こういう病気に対してこうしましょう」という本はこれまでにも出ていました。でも「肺が痛い時にはどういう病気がありますか」といったように「こういう事象からこういう病気を考えましょう」という書籍は、今までなかったのです。今回はその無痛分娩バージョンのものを書籍化しました。
interviewer:いろんな症状から、いわゆる「逆引きができる」という内容なんですね。
柏木先生:そうです。
interviewer:今回「メディカ出版」から本を出されたということですが「メディカ出版」さんとは以前から何かお付き合いがあったのでしょうか?
柏木先生:共同執筆の林医師が「メディカ出版」の雑誌などで執筆しているので連絡を取ることがあり、その際に出版社から「実はこういうことを考えています」というお話がありました。
interviewer:学会でそういった内容を発表されていた時に「書籍化しましょう」という流れに?
柏木先生:そこはもう同時進行でした。学会では助産師教育の動画を発表したのですが、その準備をしながら、出版社からの依頼も受けて執筆していた感じです。
interviewer:助産師教育の分野でも、かなり活動されていたわけですね。
新著『無痛分娩 症状アセスメントポケットマニュアル』の内容
interviewer:今回の著作は助産師さんなど専門職向けの書籍ということですが、無痛分娩で「こういう時の対応は…」といったマニュアル的な書籍はこれまでになかったのでしょうか?
柏木先生:そうですね。症状から見るのはありませんでした。例えば「局所麻酔中毒という病気に対しては、こういう感じでやっていきましょう」という書籍はあるのですが、例えば、何か異変が起こった時に、それが局所麻酔中毒なのか、水中毒なのか、アナフィラキシーショックなのかというのは、そもそも知識がないとわからない。実際、慌てたりすると、さらにわからないものです。
interviewer:なるほど。
柏木先生:あと、今回の書籍で難しかったのが、症状をまず言語化しなければいけないところでした。「今、お腹が痛い」と患者さんが言ってくれたらいいのですが、そうでない場合、患者さんを見ただけでは、お腹が痛いと明確に分からないところがあります。
interviewer:そうですよね。
柏木先生:本は、全てを言語化するものじゃないですか。症状のことで言えば、患者さん自身が「お腹が痛い」とか「今、こんな感じです」と言語化して初めて「この病気かな」ということが考えられるのです。でも、実際にはそうはいかない。症状を患者さんが訴えてくれない状況で、助産師さんが観察だけで判断しなければいけない場合もあるのが、今回は難しいと感じましたね。
interviewer:現場で患者さんが症状を言ってくれないことは、結構ありますか?
柏木先生:そうですね。例えば患者さんが「お腹が痛い」と言ったとしても、実際には「お腹のどこが?」とか「どのくらい痛い?」とか「どんな痛みなのか?」ということも、こちらから聞きに行かないといけないのです。そういうことについても「こういう聞き方をしましょう」とか、「きちんと痛みの種類も聞いてください」など、書籍の中でも触れるようにしました。
interviewer:ではこの書籍を見れば、患者さんへの聞き取りポイントも分かるということですね。
柏木先生:はい。一連をフローチャートで図式化しています。例えば「お腹が痛い」というテーマであれば、まず「どこか痛いですか?」「どのくらい痛いですか?」と聞き取り項目があり、流れに沿っていけば「このくらいの痛みで、こういう種類の痛みだったら、これが原因」と判断できます。最後に「ではこうしましょう」という風に対応を促すようにしています。
interviewer:なるほど。今回「東京マザーズクリニック」の林先生との共著ということになっているのですが、2人で書く際には、役割分担などどのような感じで進めていたのでしょうか?
柏木先生:私は麻酔科医で、林先生は産科の医師なので、麻酔科の主観と産科の主観があるのですが、無痛分娩では結構重なり合う部分もあります。私が主導で役割を分けているのですが、やはり麻酔のことが多いので半分以上私が書いていることにはなっています。ただ、当然産科の医師に書いてもらった方がいい部分もあって、そこはお願いしている形です。
interviewer:執筆を始めてから完成するまで、どれぐらいの期間がかかったのでしょうか?
柏木先生:構想を含めると、1年くらいですが、実際、書き始めてからある程度の目途がつくまでは、半年弱という感じです。
interviewer:1年くらい前から構想していたということは、まず現場でいろいろと困りごとがあるから「こういう本があればいいのに」ということに行き着いたと思うんです。先ほどの「症状を言ってくれない」ケース以外に、現場での困りごとはありましたか?
柏木先生:そうですね。助産師さん向けに作ってはいますが、実際には、無痛分娩を始めた産婦人科医院の医師から読んでもらったほうがいい内容だと思っています。今どんどん無痛分娩が増えていて、新しく開業する施設は無痛分娩をやっていかないと患者さんが集まらないということもあります。そうなると産婦人科の医師があまり知識なく始めてしまう。一方でそこを規制するものは、今は何もないのです。そういったところで、今回の専門職向けに実際に使える書籍を置いてもらって、最低限の安全性を確保された分娩にしてもらえたらと思います。
interviewer:助産師さん向けだけではないのですね。
柏木先生:そうなんです。実際にこの書籍を麻酔科の医師に読んでもらったところ「助産師さんだけではなく、若手の医師にも読んでもらえたら」という話が出ました。
interviewer:これから出産する妊婦さんが読むと、さすがにわからない感じですか?
柏木先生:読んでいただいたことがないので分からないですが、少し医療用語も入っていますので、多分難しいのではないかと思います。
interviewer:では、例えば医学部で産科を目指している学生や看護学生であれば、何か役に立つことはありますか?
柏木先生:そうですね。学生であれば、見て分かると思います。ただ、現場を見てないと少し難しいかもしれません。
interviewer:学生でも内容は理解できるけど、現場経験があった方がいいということですね。
柏木先生:はい。その方がより分かると思いますね。あとは、ハンドブックにしているので、実際の現場で見てもらえるというメリットがあります。小さく薄くしているので、常にポケットに忍ばせていただけたらと思います。
interviewer:なるほど。実用面でポケットサイズにこだわりがあるのですね。
専門書としてのおすすめポイント
interviewer:書籍の中で、気をつけた点や工夫した点があれば教えていただけますか?
柏木先生:フローチャートで、内容を簡略化するということと、あとは図の中で「ここになったら必ず医者を呼びましょう」とか「ここまでは、ある程度様子を見て大丈夫です」など分かりやすいように示しています。「逆子でこの状況は緊急事態です」など特に重症である可能性が高い場面では、必ず医師を呼ぶよう記載して行動を促すようにしています。
interviewer:それは大事ですね。その他におすすめしたい点などはありますか?
柏木先生:そうですね。結構、無痛分娩は統一化されてない部分があります。
interviewer:それは、病院ごとに対応が異なっているということでしょうか?
柏木先生:はい。「こういう時はこうしましょう」といって、それぞれ病院によって独自のやり方があるので、こういった本を通して、ある程度標準化した医療ができればと思っています。
interviewer:スタンダードみたいなところを作りたいということですね。
柏木先生:そうですね。まず今回の書籍で最低限のラインを作るとともに、例えば書いてある内容に対してご意見があれば、第2版で修正を加えるなど、標準化に向けてさらに手を加えていいものが作れたらと思っています。
interviewer:なるほど。今回は助産師さんや看護師さんなど専門職に向けてということですが、具体的に「こういったお悩みの方におすすめ」というポイントはありますか?
柏木先生:僕たちは、助産師さん自身もオススメしたくなるような無痛分娩を提供しているつもりです。でも、いい無痛分娩ができてないとか、助産師さんがすすめたくないような施設があるのであれば、やり方次第ではそんなことはないと。きちんと安全で痛みのないようにできるし、副作用もそんなに辛くないようにできるということは、知っていただきたいです。あとは、実際に経験や知識がないと麻酔や無痛分娩はすごく怖いと思うんです。
interviewer:確かにそうですよね。
柏木先生:しかも、医師の関わりが少なく、助産師さんに任せすぎている場合もあるので、そういう状況でも、この書籍を読んでいただいて「こうすれば、ある程度の安全性は保たれる」というところを知ってもらいたいと思います。
interviewer:病院によっては、助産師さん任せな施設もあるということですね。
柏木先生:結構ありますね。医師は忙しいこともあって、投薬はするけれど、後の評価を助産師さんに任せっきりにする場合もあります。
interviewer:なるほど。先ほど、この書籍を病院やクリニックで置いていただきたいというお話もあったのですが、他にも置くことを想定されている施設はありますか?
柏木先生:どうでしょう。逆にあれば教えてもらってもいいですか?
interviewer:病院の中でもナース室に置いてもらうとか、産科のある学校はいかがでしょうか?
柏木先生:確かにいいですね。助産師の学校では無痛分娩のことをほとんど習わないらしいのです。もちろん習う学校もあるらしいのですが、まだ新しい分野なので一般的ではありません。あと助産師の学校では一定期間いろんな施設に研修に行くのですが、行き先の施設で無痛分娩をしているかどうかで、学生が無痛分娩に触れる機会にも差ができるようなのです。
interviewer:学生全員が無痛分娩の現場を経験できるわけではないのですね。
柏木先生:そうなんです。助産師の学校を卒業していても、無痛分娩を知っている助産師さんと知らない助産師さんがいるということです。そういう意味でも助産師の学校に書籍を置いてもらって「こういう感じなのか」ということを知ってもらえればと思います。
interviewer:最後に、無痛分娩の標準化に向けて、ご意見を受けながら書籍に今後も手を加えていきたいというお話がありましたが、ご意見の送り先などはありますか?
柏木先生:実は今はメールの送り先などはなく、講演会場などでお会いして「あの本読んだけどこうなのかな」など直接ご意見をいただく形になってしまうかもしれません。
interviewer:「無痛分娩PRESS」に送ってもらってもいいのですが、いかがでしょうか?
柏木先生:それは構わないです。私としてはいろんなご意見を伺いたいと思っていますので、ぜひお願いします。
interviewer:わかりました!先生、今日はお忙しい中、本当にありがとうございました。
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取材時期:2024年1月
柏木先生の新著『無痛分娩 症状アセスメントポケットマニュアル』情報
■タイトル:『無痛分娩 症状アセスメントポケットマニュアル』
■著者:柏木 邦友 Kashiwagi Kunitomo
■発売日:2023年12月5日
■出版社:メディカ出版
【書籍紹介】
助産師さんをはじめ、現場で無痛分娩に関わる職業の方向け。臨床現場で頻繁に遭遇する無痛分娩に関するトラブルや症状の原因と対処法をベッドサイドですぐに確認できる。フローチャートで対応の流れがわかり、ドクターコールの適切なタイミングを見逃さない!後に発生するトラブルについても網羅した一冊。