神奈川県藤沢市K.Iさん 無痛分娩予定も流産でトラブル
神奈川県藤沢市のK.Iさんは、2人目の妊娠で「今回は無痛分娩を選びたい」と考え、無痛分娩に対応している産婦人科に通っていました。ところが妊娠初期に流産が判明したあと、その後の処置をお願いした最初の産婦人科では、心ない言葉とともに手術を一方的に中止され、事実上の“医療放棄”ともいえる対応を受けます。ようやくたどり着いた別の産婦人科で子宮の中をきれいにする手術を受けた際には、今度は麻酔が効きすぎてなかなか目が覚めず、あとから医師に「焦った」と打ち明けられるほどの状態に──ご本人いわく「死にかけた」と感じる経験でした。流産そのもののつらさに加え、2つの医療機関で何が起きたのか。当時の状況と、いま振り返って伝えたいことを伺いました。
【基本data】
■name/K.Iさん
■年齢/54歳
■お住まいのエリア/神奈川県藤沢市
■家族構成/夫+妻+子ども1人
■出産施設/-
■無痛分娩回数/0回
■無痛分娩費用/-
■無痛分娩実施時期/2010年
取材時期:2025年11月
「もうあの痛みは嫌」──1人目出産の経験が、無痛分娩を選ばせた

interviewer:本日はよろしくお願いします。まずは簡単に、自己紹介をお願いできますか。
K.Iさん:はい。神奈川県藤沢市在住のK.Iと申します。ふだんは、企業のプレスリリースを作成して、新聞・雑誌・テレビなどのメディアにつなぐ仕事をしています。
interviewer:ありがとうございます。今日は、今からおよそ15年前、2人目のお子さんの妊娠をきっかけに無痛分娩を選ばれたときのお話をうかがえればと思います。まずは、1人目のお子さんの出産から振り返ってもよろしいでしょうか。
K.Iさん:はい。1人目は自然分娩でした。最初は藤沢市民病院に通っていて、実際の出産は、実家のほうに戻って、昔からある個人の産婦人科で産んでいます。
interviewer:1人目のご出産は、どんなお産として記憶に残っていますか。
K.Iさん:一言でいうと「とにかく痛かった」です。私はこれまでにも手術などで痛い思いはそれなりに経験してきたつもりだったんですけど、それでも「想像を超える痛み」でしたね。「これ、本当に耐えられるのかな」と思うくらいで…。出産自体は無事だったんですが、「もうあの痛みは二度と嫌だ」という気持ちが、すごく強く残りました。
interviewer:その“想像を超えた痛み”の記憶は、産後もしばらく続きましたか。
K.Iさん:そうですね。身体的にも精神的にも、かなりこたえました。産んでしまえば終わり、という感じではなくて「あのレベルの痛みをもう一度経験するかもしれない」と思うと、2人目の出産について考えるときに、自然とブレーキがかかるような感覚がありました。
interviewer:そうした1人目の経験があって、2人目では「無痛分娩で産みたい」という気持ちが生まれてきたわけですね。
K.Iさん:はい。上の子は現在、高校3年生なんですが、その子を産んでから3年後くらいに2人目を妊娠しました。そのときにはもう、頭の中には「次は絶対に無痛分娩で」という気持ちしかなかったです。1人目からの間隔もそれほど空いていなかったので、痛みの記憶もかなり鮮明なままでした。
interviewer:当時、無痛分娩という選択肢は、今ほど一般的ではなかったと思います。その存在は、どのように知っていたのでしょうか。
K.Iさん:完全に珍しいもの、というほどではなくて、妊婦さんやお母さん同士のあいだでは「無痛分娩というスタイルがある」「選べる病院がある」という認識は、すでにそれなりに広まっていたと思います。私の周りにも、その病院で無痛分娩をした人がいて「綺麗な病院で、出産も特に問題なかったよ」という話は聞いていました。
interviewer:じゃあ「無痛分娩があるらしい」という話は、クチコミベースで耳に入ってきていた感じでしょうか。
K.Iさん:そうですね。「そういう出産方法があるらしい」「痛みを和らげて産めるらしい」というのは、友人づてに自然と入ってきていました。特別に雑誌で特集を読み込んだ、というよりは、妊婦さん同士の会話の中で共有されていたイメージです。
interviewer:そのうえで、実際に病院を選ぶときには、どのように情報収集をされたのでしょうか。
K.Iさん:インターネットで口コミを見たり、病院のホームページを細かく読んだりしました。当時選んだのは、藤沢市内にある比較的新しい産婦人科で「お母さんと赤ちゃんに優しい」「無痛分娩を行っています」といった打ち出しをしているクリニックでした。見た目も可愛らしい建物で「無痛分娩ができる病院」として、藤沢周辺ではそれなりに知られていたと思います。
interviewer:ご家族には、2人目は無痛分娩で、ということをどのように伝えましたか。
K.Iさん:夫や親には「今度は無痛分娩で産みたいから、そういう病院を探している」と普通に話しました。特に強い反対はなくて「海外ではそれが普通なんでしょ」「日本が遅れてるってよく言われるくらいだし、いいんじゃないの」という、わりとあっさりした反応でしたね。私自身も「痛みを我慢してこそ」という考え方にはあまり共感できなかったので、自然と無痛分娩一択、という感覚でした。
「お母さんと子どもに優しい」と信じて選んだ、無痛分娩のクリニック

interviewer:2人目のご妊娠では「無痛分娩ができる病院」を意識して探されたんですよね。まずは、当時の状況から教えていただけますか?
K.Iさん:はい。時期としては2010年ごろで、今からだと15年くらい前になります。当時も無痛分娩という言葉自体は知られていて「そういうお産もあるらしいよ」というのは、妊婦さん同士の会話の中では普通に出てくる感じでした。ただ、今みたいに情報が溢れているわけではなくて「どこでも選べる」というほど選択肢がある状況でもなかったですね。
interviewer:その中で、今回通われたクリニックはどうやって候補に上がってきたのでしょう?
K.Iさん:一番大きかったのは、やっぱり「身近な人の口コミ」です。友達の中に、そのクリニックで無痛分娩をした人がいて「きれいな病院で、ごはんもおいしかったよ」「何も問題なく産めたよ」という話を聞いていました。それに、当時住んでいたエリアの中で「無痛分娩をやっているところ」としても知られていて「無痛で産みたいなら、あそこかな」という感覚で、自然と候補になった感じですね。
interviewer:ネットでの情報収集もされたとおっしゃっていましたよね。
K.Iさん:はい。当時なりに、インターネットでも調べました。クリニックのホームページを見て、出ている範囲の口コミも一通りチェックして。
その時点では、悪いことはほとんど書かれていなかったと記憶しています。「無痛分娩に対応しています」「お母さんと赤ちゃんに優しいクリニックです」といったメッセージが強く打ち出されていて「あ、ちゃんとしているところなんだろうな」と。そのときは疑う理由がなかったですね。
interviewer:ホームページの印象も良かった、と。
K.Iさん:そうですね。建物も比較的新しくて、外観もかわいらしい雰囲気で「新しい産院」という感じでした。ホームページのトップにも、妊婦さんや赤ちゃんに寄り添うような、きれいな言葉がたくさん並んでいて。友達もそこで出産して「良かったよ」と言っていたし、ネットの印象も良くて「新しくてきれいで、無痛分娩もできて、お母さんと子どもに優しい病院なんだな」と、そのときは素直に信じていました。
interviewer:実際に通い始めてみて、最初の印象はいかがでしたか?
K.Iさん:個人の産婦人科で、先生は1人だけという体制でした。診察はわりと淡々としていて、特別フレンドリーでもないけれど、特に違和感も覚えない、という感じです。「新しいクリニックだし、個人病院ってこういう雰囲気なのかな」と受け止めていて、その時点で不信感を持つことはなかったです。
interviewer:当時の段階では「ここを選んだのは失敗かも」というような感覚はまったくなかった?
K.Iさん:なかったですね。友達の「何の問題もなく産めた」という経験も知っていましたし、ネットにも極端に悪いことは書かれていませんでしたから。今振り返ると、ホームページの言葉と実際の対応にギャップがあったな、と思うところはありますが、通っていたその時は「無痛分娩ができて、きれいで評判も悪くない病院」として、むしろ安心材料のひとつになっていました。
interviewer:「後になってから、そのクリニックの評価がかなり割れていった」とおっしゃっていましたね。
K.Iさん:そうなんです。自分が一連の出来事を経験したあと、しばらくしてからふとネットで見てみたら「こんなのはありえない」というような厳しい書き込みが増えていて。一方で「私は何の問題もなく出産できたので、そんなに悪く言われる意味がわかりません」というような声もあって、本当に評価が両極端になっていました。ただ、それは“後から知ったこと”であって、通い始めた段階ではそういう兆しは見えていませんでしたし、自分自身も「ここを選んだのは自然な流れだった」と感じていた、というのが正直なところです。
2人目を流産した後。どこか投げやりな気持ちで、1人で向かった産婦人科。

interviewer:2人目の妊娠は、途中で流産されてしまったとのことですが、そのときの状況を教えていただけますか。
K.Iさん:はい。2人目が欲しくて「やっと授かった」と思っていた妊娠だったんですが、途中で心拍が止まってしまって…。病院からは「自然流産ですね」と言われました。同じくらいのタイミングで妊娠した友達は、そのまま出産まで進んでいったので「どうして自分だけ」という気持ちはすごく強かったですね。
interviewer:その頃の生活やお気持ちは、どんな感じでしたか。
K.Iさん:友達の赤ちゃんを見るたびに「生まれていたら今頃このくらいになってたんだな」と、相手の子どもが高校生に上がるくらいまでは、そんな気持ちで見てました…。もちろん、表向きには普通に接するんですけど、心の中ではけっこうボロボロでした。
interviewer:その後の通院や治療についても、少し詳しく教えていただけますか。
K.Iさん:自然流産でも、出てきたあとの組織が少しでも子宮の中に残っていると、次の妊娠に影響したり、感染のリスクになったりするので「処置が必要です」と説明されました。頭では理解していたんですが、そのときの私はもうメンタル的にも体力的にもかなり参っていて…。
interviewer:そんな状態で、病院へ向かわれたときのことは覚えていますか。
K.Iさん:今振り返ると、かなり「投げやり」になっていたと思います。本来なら家族に付き添ってもらうべき状況なのに「どうせ赤ちゃんはいないんだし」「中をきれいにしてもらうだけだし」と、自分に言い聞かせてしまって。結果的に、麻酔を使う処置なのに、車を自分で運転して1人でクリニックに行ったんです。今考えると、本当にありえないですよね。
interviewer:ご自身の身体のことを、冷静に考えられる状態ではなかったようにも感じます。
K.Iさん:そうですね。「自分なんてどうでもいい」とまでは言わないですけど「もう早く全部終わってほしい」という気持ちが勝っていました。上の子は母に預けていましたし「とにかく自分だけで片付けてこよう」みたいな感覚でしたね。
interviewer:処置の前日には、麻酔がかけられるかどうかの診察もあったと伺いました。そのときのことは、どうでしたか。
K.Iさん:1日目は手術そのものではなくて、麻酔をかけても大丈夫かどうかの確認と、子宮口を広げるための準備でした。風邪をひいていると麻酔が危ないとか、そういうリスクの説明もあったと思います。そのとき、少し風邪っぽさはあったんですが、先生は診察したうえで「大丈夫」と判断したんです。そのうえで子宮口を広げる薬を入れられて、一度家に帰されました。
医師からの心ない一言と、医療放棄のような対応。

interviewer:そして翌日、いよいよ処置当日になりました。その日は、どんな気持ちで病院に向かわれましたか。
K.Iさん:前の日の診察で「麻酔も大丈夫」と言われていて、子宮口を広げるための処置も受けていました。だからその時の私は「今日はもう、お腹の中をきちんと処置してもらうだけの日なんだ」と自分に言い聞かせて、1人で車を運転して病院に向かいました。
interviewer:いよいよ手術、という流れになっていったわけですね。
K.Iさん:はい。手術台に乗って「じゃあ始めましょうか」という空気になったところで、私がちょっと鼻をグズグズさせていたんだと思います。そしたら先生が急に「そんなに風邪っぽいなら、麻酔はかけられない」みたいなことを言い出して。
interviewer:前日の診察では「問題ない」という話だったのに…。
K.Iさん:そうなんです。だから思わず「じゃあ昨日の診察は何のためにしたんですか?」って言いました。先生が自分で診察して、大丈夫だと判断したから子宮口を広げるところまで進めているわけですよね。それなのに当日になって、鼻水がどうこうって理由で「できません」と言われても、納得できなくて。
interviewer:そこで先生との間で、かなりやりとりがあったんですね。
K.Iさん:はい。私も流産のショックでメンタルも弱っていましたし、正直イライラもしていました。「それはおかしくないですか?」と食い下がったら、今度は先生のほうが逆ギレしてしまって…。
interviewer:どんな言葉をかけられたんですか。
K.Iさん:細かい言い回しはもう覚えていないんですけど「こんな初期の流産なんて」とか「大したことじゃないのに」みたいなニュアンスのことを言われました。要するに、医者側からすると「よくあることなんだから、大騒ぎするな」という感覚なんだろうな、と思いました。
interviewer:K.Iさんにとっては、まったく「大したことではない」わけがない状況ですよね。
K.Iさん:そうです。2人目がほしくて、やっとできた妊娠だったのに、途中で流産してしまって。周りの友達のところはちゃんと生まれているのに、自分だけ…という状況で、ただでさえ気持ちがボロボロでした。そのうえで、ああいう言い方をされたので「私にとっての大事な出来事を、こんなふうに扱うのか」と本当にショックでした。
interviewer:先生は、そのあとどうしたのでしょうか?
K.Iさん:私が「昨日の診察でOKを出したのはそちらですよね」「子宮口も広げてしまっているのに、ここで中止ってどういうことですか」と言ったら、先生は完全に怒ってしまって。そのまま「もう診ない」と言わんばかりに、診察室からいなくなってしまったんです。
interviewer:置いていかれた…という感覚に近いですか。
K.Iさん:はい。子宮口は広がったまま、処置の途中の状態で、先生はいなくなる。私としては「え? これからどうすればいいの?」という状況です。看護師さんたちも明らかに慌てていて「このままだと感染のリスクがある」ということは分かっているから「どこか他に受けてくれる病院はないか」と慌ただしく動いていました。
interviewer:病院側から、次の行き先や救急搬送などは提案されましたか。
K.Iさん:看護師さんたちも明らかに慌てていて「この近くで受け入れてくれる病院は…」とバタバタしている様子でした。ですが、具体的にどう動くのかははっきり示されず「この先どうすればいいのか」という不安だけが残りました。先生には見放されているし、体は中途半端な状態だしで「これは医療放棄なんじゃないか」と感じましたね。
interviewer:完全に医療放棄ですね・・・。
麻酔が効きすぎて、死にかけました。

interviewer:そのあと、K.Iさんご自身はどうされたんですか。
K.Iさん:とにかく「このままじゃまずい」というのは分かっていたので、別の産婦人科を探すしかありませんでした。看護師さんたちも間に入って動いてはくれていたんですが、はっきりとした方針が示されないまま時間だけ過ぎていく感じで……。最終的には、自分でも電話をかけたりして、看護師さんにも一緒に当たってもらって、なんとか受け入れてくれる別の産婦人科が見つかった、という流れでした。
interviewer:新しく見つかった産婦人科では、どんな対応でしたか。
K.Iさん:「大変な思いをされましたね。すぐいらしてください」と言ってもらえて、まず診察を受けました。その時は救われた気持ちになりましたね。ただ、その日はすでに手術の予定がいっぱいで「今日は手術の時間が取れないので、明日もう一度来てください」と言われたんです。子宮口を広げる処置はすでに前のクリニックでされている状態なのに、そのまま一晩、自宅で待つしかないという状況でした。
interviewer:翌日、改めてその産婦人科で手術を受けることになったんですね。
K.Iさん:はい。翌日、指定された時間に行って、全身麻酔で子宮の中をきれいにする手術を受けることになりました。流産してから病院をたらい回しにされて、心身ともにボロボロの状態だったところに、再び麻酔をかけられた、という感じです。
interviewer:なるほど。
K.Iさん:麻酔をかけられてからの記憶は途中までしかなくて「数を数えてください」と言われて、少し数えたところから先は、すっと意識が落ちていきました。
interviewer:そこから先のことは、どう記憶されていますか。
K.Iさん:はっきり「こうだった」と説明しづらいんですけど、途中からは、現実なのか夢なのか分からないような感覚でした。
自分の体を少し離れたところから見ているような気もするし、場面がパラパラと流れていくような感じもあって「あ、だいぶ危ないところまで来ているんだろうな」という感覚だけはありました。
interviewer:幽体離脱みたいな状態だったんですね。
K.Iさん:そうです。
interviewer:意識が戻ったときのことは、覚えていらっしゃいますか。
K.Iさん:そこはすごく鮮明に覚えています。まず「ベッドじゃない」と思いました。ふかふかした布団ではなくて、ステンレスの流し台みたいな、冷たくて硬い台の上に、直接寝かされていたんです。下から伝わってくるひんやりした感じと「あ、今の私は“人”というより“物体”みたいに扱われているんだな」という感覚だけが、やけにリアルでした。横を見ると看護師さんがいて「起きました」と慌てて先生を呼びに行っていたので「けっこう危なかったんだろうな」と感じました。
interviewer:その出来事について、あとから先生から何か説明はありましたか。
K.Iさん:しばらくしてから、更年期のことで同じ先生のところを受診したときに、ぽろっと言われたんです。「じつはあのとき、なかなか目が覚めなくて、ちょっと焦ったんですよ」と。それを聞いて「やっぱりあのとき、本当に危ない状態だったんだ」と納得しました。こちらは、変な夢を見ていたような気もするし、現実だったような気もするし…という曖昧な記憶だったんですけど、あれは麻酔が効きすぎて、なかなか戻ってこなかったせいなんだと分かって、全部つながった感じでした。
interviewer:その経験を通して「死」や「命」に対する感覚は変わりましたか。
K.Iさん:かなり変わりましたね。まず「人間って、本当にふとしたことで簡単に死んでしまうんだ」という感覚を、すごくリアルに持つようになりました。頭で理解していたのとは、まったく違う重みです。一方で、「死ぬことそのもの」への怖さは、少し薄れたところもあります。どこかに「戻る」というイメージに近くなったというか…。
interviewer:ほう。臨死体験の時って、現世への強い想いとかで戻って来ると言いますが、K.Iさんはどうだったんですか?
K.Iさん:なぜだかかわりませんが「自分で“やる”と決めたことをやらないまま終わるのは嫌だ」という思いは強くなりました。「正直、もう疲れたし、このままでもいいかな」という気持ちと「でも、まだやると決めたことをやっていないから、戻らないといけない」という気持ちが同時にあって、後者のほうを選んで戻ってきた感覚なんです。
interviewer:やらなきゃいけないことって何ですか?
K.Iさん:それがさっぱりわからないんです。臨死体験状態の時はやらなきゃいけないことが何かはっきり分かっていたんですが、目覚めてからはさっぱりそれがわからなくて。
interviewer:はぁ〜!不思議な体験ですねぇ!
K.Iさん:そうですね。この体験以降「ちゃんと生きて、自分の役割だと思うことはやっておこう」という意識は、より強くなりました。
いま振り返って伝えたいこと

interviewer:ここまでのお話を振り返ってみて「あのとき、こうしておけばよかった」と感じることはありますか。
K.Iさん:一番は「簡単に考えすぎていたな」という反省ですね。無痛分娩そのものを否定したいわけではなくて、麻酔を扱う以上は、それだけ慎重に病院や先生を選ばないといけなかったな、という意味で。
interviewer:情報収集という点では、当時もかなり調べていらっしゃった印象があります。
K.Iさん:そうなんです。インターネットで検索もしましたし、ホームページも一通り読んで、口コミも見て「綺麗だし、評判もそんなに悪くなさそう」と思って決めました。実際、そこで何事もなく出産した友人もいて「ご飯もおいしかったし、綺麗でいい病院だったよ」と聞いていたので、余計に安心してしまったところがあります。
interviewer:そうなりますよね。
K.Iさん:でも、今の自分の感覚からすると、ひとつのホームページや、限られた口コミだけで判断しちゃいけなかったなと思うんです。情報って、1カ所だけ見ても、本当の姿は分からないじゃないですか。違う媒体や、違う立場の人の声を、2つ3つと重ねて見ていかないといけない。ライターの仕事をしている身としても「それを自分の出産では徹底しきれていなかったな」と感じます。
interviewer:1人目のご出産のときと比べて、そういった違いも感じますか。
K.Iさん:1人目の時は、実家のほうに帰って、昔から地域で信頼されている先生のところで産んだんです。当時は「ちょっと古い考えかも」と思う部分も正直あったんですけど、いざ2人目でこういう経験をしてみると「親世代の『ああいうところで産んだほうがいい』という感覚も、やっぱり一理あったんだな」と思いました。
interviewer:そうですね。
K.Iさん:もちろん、古いから良い・新しいからダメ、という単純な話ではなくて、どういう体制で、どれくらいの経験を積んできた先生なのか、そういうところをきちんと見なきゃいけなかったな、と。
interviewer:流産後のご自身の状態についても「今思えば」と感じる部分はありますか。
K.Iさん:ありますね。そのときは、上の子もいましたし「母に子どもを預けられるから、自分は1人で病院に行けばいいや」と思ってしまっていました。でも今振り返ると、冷静なつもりでも、メンタルも体もボロボロで、判断力が落ちていたんだと思います。
interviewer:なるほど。
K.Iさん:本来なら、麻酔をかけるような処置の日に、自分で車を運転して1人で行くなんて、ありえないじゃないですか。でも「もう命がなくなってしまったものの掃除をするだけ」「大ごとにするほどのことじゃない」と、自分で自分の状態を小さく扱ってしまっていた。今考えると、かなり投げやりな状態だったんだな、と思います。
interviewer:そういうときこそ、周りのサポートが必要だった、という感覚でしょうか。
K.Iさん:本当にそうだと思います。流産って、本人は「大丈夫、大丈夫」と言いがちなんですけど、実際には心も体も弱っていて、冷静な判断ができていないことが多いと思うんです。だからこそ、本人が「1人で行く」と言っても、家族や周りの人は「いや、それでも付き添うよ」と言ってほしい。上の子の預け先をどうするかも含めて、誰かが一緒について行ってあげてほしいな、と。
interviewer:たしかにそういう時は、周りが判断する必要ありますね。
K.Iさん:私自身「もっと自分の体を大事にすればよかった」「あのとき“大丈夫だから”と突っぱねずに、誰かに頼ればよかった」と、いまだに思うところがあります。
interviewer:最後に、これから無痛分娩や病院選びを考えている方に伝えたいことがあれば、教えてください。
K.Iさん:無痛分娩そのものは、うまくいけば本当に素晴らしい選択肢だと思います。1人目の出産で本当に大変な思いをしたからこそ「もっと楽に産める方法があるなら、それを選びたい」という気持ちは、すごくよく分かるんです。
interviewer:はい。
K.Iさん:ただ、「楽そうだから」「便利だから」というイメージだけで選ばないでほしい、というのが正直なところです。麻酔を扱う以上、病院側の体制・経験値・万が一のときの対応力によって、結果は大きく変わります。ホームページの言葉や雰囲気だけで決めるのではなくて、複数の情報源からきちんと調べて、「ここなら任せられる」と思えるところを選んでほしいですね。
interviewer:そうですね。
K.Iさん:そして、もし流産などで心身ともに弱っているときは「自分は大丈夫」と無理をしないこと。自分の体を軽く扱わずに、ちゃんと守ってあげてほしい──それが、あのときの自分に言ってあげたい言葉ですし、同じような状況になっている誰かにも、強く伝えたいことです。



