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2024.11.25
出産や育児を応援するサービス・人々

助産師_佐藤繭子さんvol.04 「助産師」の課題

出産におけるエキスパートといった印象が強い助産師さん。実は出産時だけでなく、女性の一生のあらゆる場面で寄り添ってくれる女性の健康のスペシャリストでもあります。しかし、妊娠・出産でお世話になる時は、ゆっくりとお話をする機会はなかなかないという方が多いと思います。そこで今回は、大学で教員として医学生に指導をしていた経験もある助産師の佐藤繭子さんに、ふだん聞けないような貴重なお話を伺いました。

佐藤繭子さんのProfile

看護師として5年間外科系病棟で勤務、助産師として8年勤務後、その経験を生かし、2009年より福岡県立大学看護学部臨床看護学系助手として着任。2011年3月、福岡県立大学大学院看護学研究科修了、修士(看護学)。臨床では母乳育児支援の推進に携わり、母親・医療スタッフへの情報提供や知識の啓蒙に取り組む。母乳育児支援に関する研究だけでなく、性教育(幼児・児童,子を持つ親,成人)にも積極的に取り組んでいる。現在は福岡県助産師会に所属し「福岡県プレコンセプションケアセンター」を立ち上げ、コーディネーターとして働いている。また「国際認定ラクテーション・コンサルタント」の資格を持ち、医療者向けの母乳育児支援のセミナーも開催。

お産も、教育も、支援の仕方は同じ

佐藤繭子さん提供写真

interviewer: 佐藤さんが大学教員を経験したことで、自分自身が変わったとか、成長したと思うところはありますか?

佐藤繭子さん:学生に教えることで、自分の学び直しにもなって、支援の仕方がかなり変わりました。

interviewer:具体的にはどういった点でしょうか?

佐藤繭子さん:昔は、看護師ベースの助産師でした。看護師をしてから助産師になったので、どうしても医学的な考えが強かったんです。「この人はこういうところが良くない、異常がある、改善しなくちゃいけない、良くしよう」といった感じでした。

interviewer:そうなんですね。

佐藤繭子さん:でも(学生に教えるようになってからは)「いいじゃん、そのまんまで」と思い直しました。確かに悪いところがあるかもしれないけど、その人の状況として受け止めて「ここからいい状況に持っていくためには、何が必要かな」と考えるようになりました。

interviewer:捉え方が変わったということでしょうか?

佐藤繭子さん:はい。医療は悪いところを見つけてそこを治療するし、看護も基本的に弱いところについてのサポートをします。そうではなくて「全体を見て、全体的に底上げするにはどうしたらいいか」という視点に変わりました。

interviewer:なるほど。

佐藤繭子さん:その人そのものを見て、悪いところや改善すべきところの提案はするけれど、受け入れるのはお母さん自身です。しかもお母さんと赤ちゃんを支援するのにいろんな選択肢がある中で、この2人にとってベストな方法が何なのかを考えることが、支援する上では大切だと思っています。

interviewer:そうなんですね。

佐藤繭子さん:それは学生に教える場面でも同じことです。学生も、自分も含めて誰にでも欠点は絶対ある。

interviewer:確かにあります。

佐藤繭子さん:欠点は直るかもしれないけど、直らないかもしれない。得意なこと不得意なことが誰にでもあって、不得意で苦手なことが克服できる場合もあるし、そうでない場合もある。いろんな状況がある教育の場面でも、考えるのは「この学生にとってどう伝えるのかベストなのか」ということなのです。

interviewer:なるほど。

佐藤繭子さん:学生にもそれぞれ個性があって、1を言えば10わかる学生もいるけど、1言っても1しか分からない学生もいます。その状況で「この学生にもっとわかりやすく伝えるにはどうしたらいいかな?」とか「お母さんたちの想いを汲んだ言葉かけを考えてもらうためにはどうすればいいのだろう?」といった感じで、いろいろと工夫をするようになりました。

interviewer:そうなんですね。

佐藤繭子さん:それは大学で学生たちと一緒に講義に参加していたことが大きいと思います。私にとっては復習なのですが、一緒に学生たちと考えることで看護の視点が深まった気がします。「お母さんたちにとってのサポートって何だろう?」みたいなことを広く深く考えられるようになったし、自分の中での引き出しが増えそうな手ごたえもありました。

実習の現場でスイッチが入る学生たち

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interviewer:学生たちにもいろんな個性があるという話でしたが、印象に残るエピソードはありますか?

佐藤繭子さん:はい。まず学生たちにとって、授業は基本的にはおもしろくないものだと思います。

interviewer:はい。私も学生時代はそうでした(笑)。

佐藤繭子さん:聞いて知識を入れることは、もちろん大事なことですが、それだけだとどうしても受身で作業的なものになってしまいます。でも演習や実習に入ると、学生たちがすごく変わるんです。

interviewer:なるほど。

佐藤繭子さん:「授業で言われていたことは、これか!」とか「こういう風に声かけすると、お母さんたちってこんなに表情が変わるんだ!」という体験は大きいし「こんなに不安だったんだ…」というのを間近で見て「自分ごと」として腑に落ちてからの言葉がけは、お母さんたちにもやっぱり響きます。

interviewer:それはすごいですね。

佐藤繭子さん:授業で「こういう声かけがいいよね」と話したとしても、実際に看護実習に行って、お母さんたちとお話をさせてもらったり、ケアさせてもらったりすることとは全然違います。学生たちの表情がどんどん変わっていくのです。

interviewer:目の輝きが違うということでしょうか。

佐藤繭子さん:そうです。授業では「死んだ魚のような目ってこういうことを言うんだ」と思うほど、どよんとした表情の学生もいます(笑)。でも授業が全く響いていないと感じる学生でも、実習ではスイッチが入るのでしょうね。知識と実践がつながった時のおもしろさを感じているのだと思います。

interviewer:確かに。何の分野にしても、そのおもしろさはありますね。

佐藤繭子さん:そう思って、実習で変わる学生を見ていると楽しいです。

interviewer:あえて実習の時間を多めにとるといったことはありましたか?

佐藤繭子さん:今は、演習や実習自体の時間数は決まっています。各論実習といって、3年生でそれぞれの科目に対しての実習があって、4年生でまとめの実習があります。多分どこの大学でも同じだとは思いますが、今はカリキュラムが結構変わってきています。

interviewer:そうなんですね。

佐藤繭子さん:ただ助産に関しては、うちの大学では実習を規定よりも少し多くしていました。直接触れ合うとか、実践するという機会を増やしたいということがあって、それを大学の特色として出していました。

教育の場で感じるさまざまな変化

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interviewer:助産に関する教育について、佐藤さんが学生の頃と教える側になってからとで変化はありましたか?

佐藤繭子さん:まず実習の時、看護師さんがめちゃくちゃ怖かったです(笑)。今はそういう人はあんまりいなくなっていますし、あと、実習時間も伸ばせなくなりました。

interviewer:そうなんですね。

佐藤繭子さん:だから昔はできていたけれど、今はできなくなっていることが多いかもしれない。例えば私が学生の時には、胃チューブを入れさせてもらっていましたが、今はできないです。

interviewer:なるほど。助産とか看護において、根本的な考え方などの変化は?

佐藤繭子さん:あります。褥瘡(じょくそう)のケアは随分変わりました。褥瘡(じょくそう)だけでなく、ケガをした時の傷もそうですが、昔は「赤チン」を塗って乾燥させていましたよね?

interviewer:はい、覚えています。

佐藤繭子さん:昔は、皮膚を乾燥させて「かさぶた」ができるようにしていました。でも今は研究が進んでいて、浸潤させている状態で肉芽という下部組織を上げていく方がきれいに治るという風に言われています。「キズパワーパッド」などの商品も皮膚を浸潤させるもので「むしろ乾燥させない」という風に変わりましたね。

interviewer:言われてみればそうですね。

佐藤繭子さん:他にも、手術後の安静解除がかなり早くなりました。昔は、術後2日くらいはベッドの上で安静に寝ていましたよね。

interviewer:すぐに動くのはいけないと。

佐藤繭子さん:今は、次の日ぐらいから歩いてもらいます。血栓予防にもなるので。

interviewer:逆に動いた方がいいということですね。

佐藤繭子さん:はい。「安静度」という言い方をしますが、昔はベッド上で安静にしている期間が結構長くて、その分、入院期間も長かった。今は診療報酬の関係もありますが、なるべく早い段階で痛み止めを使いながらでも体を動かすというのが主流になっています。

interviewer:看護の姿勢などで変化は?

佐藤繭子さん:昔よりは、自分でできることは、とにかく自分でしてもらうという感じにはなってきています。

interviewer:何でもかんでも「してあげる」のがいいのではないと。

佐藤繭子さん:そうです。「してあげる」ことがいけないというよりは、できるところを奪ってはいけないということです。できる部分を奪ってしまうとそれが自立への弊害になってしまうので。昔はよかれと思ってしていたところがありました。

interviewer:なるほど。

佐藤繭子さん:患者さんが、早く自宅に戻る、早く日常復帰する、体調を回復させるための看護師の姿勢として「できるところはご自身で」という風に変わっていますね。

助産師という職業への世間の理解度が低い

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interviewer:助産師の教育や今ある問題に対して、将来的に「こう変わっていったらいいな」など、変化を望んでいるところはありますか?

佐藤繭子さん:「助産師はもう足りているのでは?」みたいな話が出たりしていますが、全然足りてないと感じます。

interviewer:どんなところでそんな話が出るのですか?

佐藤繭子さん:病院では、診療報酬の関係もあって、1人の患者さんに対して看護師の配置が何人と決まっています。助産師も看護師の一種なので、同じように決まっていますが、お母さんたちの産科に関してのケアができるのは、やはり助産師だと思っています。そうなるとやっぱり足りない。

interviewer:なるほど。

佐藤繭子さん:他にも「地域で活動したい」と思った時に、助産師という職業の認知度が低いせいもあって、 食べていける助産師が少ないという状況があります。掛け持ちで仕事をしたり、扶養の範囲内で開業したりという人が大半です。

interviewer:そうなんですね。

佐藤繭子さん:それは助産師の地位や認知が低いからだと思います。どうしても助産師さんは「やってあげたがり」が多いので「いいよ、いいよ」と無償でやってしまう場合がすごく多い。本当はサービスとして報酬をいただかなければいけない内容でも「もういいよ」って。

interviewer:あぁ、そういうイメージはあります。

佐藤繭子さん:おそらく気質ですよね。お母さんと赤ちゃんのためにいろいろとやってあげたいと思ってしまうのです。しかも対価を取るということをあまりしない。

interviewer:ビジネスマンではないですからね。

佐藤繭子さん:そうなんです。でも助産師は技術を持っています。技もあるし、スキルもあるし、 知識もある。だから、それを提供する時に、本当は無償にしてはいけないのだけれど、みんなタダでしてしまう。give(与える)ばかりです。

interviewer:助産師にgiber(与える人)が多いのは、わかる気がします。

佐藤繭子さん:それが悪いわけではないのですが、おそらくそこで収入を確実に減らしていると思います。

interviewer:そうですね。巡り巡ってそれが助産師という職業の地位にも影響しているのかもしれませんね。

佐藤繭子さん:そうなんです。地位を少し軽くしてしまっています。例えば性教育でも「2000円でやってください」と自治体から言われることがあります。「私たちが勉強した時間はそんなもんじゃない!」と内心思いますが「私の知識が子どもたちのためになるのであれば、安くてもいいか」と思ってしまうのです。

interviewer:なるほど。

佐藤繭子さん:それをしているとダメなのですが、私も最初はそうでした。でも長期的に考えると、助産師のためにならないと思って、今は一応言うようにはしています。ただ自治体は予算が決まっているので、安いのは仕方がないと思って受けています。

interviewer:そうなんですね。

佐藤繭子さん:ただ、毎回県には予算を上げてほしいと言ってもらっています。通らないのですが、言わないと上がることもないので、言い続けていますね。

interviewer:そうですね。国や自治体でも助産師のことをきちんと知っている人は、本当に一部の職種の人だけのような気がします。

佐藤繭子さん:だから独立を考えていた時に、最初は企業の相談員になりたいと思っていました。例えば、百貨店だったら、若いスタッフもいっぱいいる。そういう人たちが育休や産休に入る前のちょっとした相談、育休中も相談したいことが絶対あると思うので「病院で聞けないことを企業所属の助産師に聞ける」という制度があればと。各企業でそれを作れば福利厚生になると思っていました。助産師はそういう立場でも活躍できますよね。

interviewer:本来の助産師の役割を考えると、そんな相談員さんがいれば万能ですよね。

佐藤繭子さん:いろいろと使いようはあると思います。私たちも「こういうことができます」というアピール不足なのかもしれません。これからはアピールも必要ですね。

interviewer:売り上げを伸ばしたいという助産師さんは少ない?

佐藤繭子さん:いるとは思いますが、助産師は理系にも関わらず、ビジネスに必要な数学が苦手な人が多い気がします。経営も学んでいないしわからないから、とりあえず周りの人と同じやり方をする人が多くて、結果みんな同じようなことをしています。

interviewer:そうなんですね。

佐藤繭子さん:私は博士課程に進んだのですが、もし大学院に行かなければおそらく開業していたと思います。

interviewer:なるほど。

佐藤繭子さん:博士課程に進むかどうかを夫に相談していた時に、大学院に行く目的と、その後ペイできるのかという話になりました。大学院に行くコストとその後の収入の増やし方、そして今やることなのか、博士課程に行かなければいけない理由といったところを夫にプレゼンさせられて(笑)。

interviewer:プレゼンですか?

佐藤繭子さん:はい。その時にいろいろ考えました。まだ子どもも小さかったのですが、やはり教育がおもしろいということがまずあって。しかも教育畑にいれば、イベントを立ち上げたりすることで直接お母さんたちの支援もできる。自分で開業して収入を得るという選択肢よりも、裾野を広げる方がいいなと思いました。

interviewer:そうなんですね。

佐藤繭子さん:母乳育児支援についても、性教育についても、私たちが伝えたいマインドを継承してくれるような助産師さんを育成した方が、私が今、例えば開業して孤軍奮闘するよりもいいのではないかと考えました。とにかく博士まで取って、大学教育の場で、同じ志を持つ助産師の教員たちと一緒に仕事するという道を選んだ形です。

interviewer:なるほど。今も博士課程に?

佐藤繭子さん:はい。久留米大学大学院医学研究科の2年生で、社会医学系の看護学を専攻しています。

interviewer:卒業まであと何年ですか?

佐藤繭子さん:あと2年半ですね。博士号が取れたら、大学教育の場に戻ろうと思っています。今、「福岡県プレコンセプションケアセンター」で仕事をしているのも、ちょうど仕事内容が博士課程のテーマと近かったからです。

interviewer:そうだったんですね。今日はありがとうございました。大学での助産師教育のリアルや課題などもたっぷりとお伺いできました。次回もよろしくお願いします!

佐藤繭子さん:はい。こちらこそ、ありがとうございました。

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