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2025.01.09
先生に聞いてみた

和痛分娩と無痛分娩の違いって何?| 産婦人科医・麻酔科医 市村先生vol.01

『無痛分娩PRESS』の監修をお願いしている市村先生に出産に関する様々なことについて答えてもらうシリーズ。今回はいまいち誰もよくわかっていない「和痛分娩と無痛分娩って何が違うのか?」について、産婦人科医でもあり、麻酔科医でもある稀有なキャリアを持つ市村先生に専門家ならではの視点からお答えいただきました。

市村先生Profile

無痛分娩において日本トップクラスのクリニック『鎌ヶ谷バースクリニック』の診療部長。2008年に聖マリアンナ医科大学を卒業。東京医科歯科大学産婦人科に入局。関連施設の周産期センターに勤務後、東京女子医科大学東医療センター麻酔科に入局。 2016年に鎌ヶ谷バースクリニックを設立。 自身も産科麻酔医として診療に従事するとともに、東京女子医科大学東医療センター麻酔科講師として後進の指導、育成に力を入れる。

和痛分娩って何ですか?

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interviewer:市村先生、さっそくですが和痛分娩と無痛分娩って何が違うんですか?

市村先生:変な言い方になりますけど、ボク自身も和痛分娩っていう言葉がよくわからないんですよね(笑)。例えば日本産科麻酔学会の中では「和痛分娩」っていう言葉自体が一言も使われてないんです。医学的に正式な用語でも何でもない。でも、たしかに昔から「和痛分娩」という言葉は日本にはありました。

interviewer:現在、一般的には無痛分娩のように痛みをなくすのではなく”ちょっと減らす”のが和痛分娩と認識されていますね。でも、実態は医学用語でもなく、定義もない言葉なんですね。

市村先生:そうなんです。ただこの言葉が広がった経緯はなんとなく見当がつきます。

interviewer:教えてください!

市村先生:もともと日本においては「産科麻酔」というお産専門の麻酔という分野がないんですよ。だから伝統的に産婦人科の先生が、麻酔科医を見よう見まねをして麻酔を打ってきました。

interviewer:ふむふむ。

市村先生:帝王切開の麻酔などがまさにそうですね。総合病院・大学病院などの大きな病院なら麻酔科医が担当していますが、クリニックなどでは産婦人科医の先生が見よう見まねで麻酔をしてきました。

interviewer:麻酔って医師なら誰でも打って良いものなのですね。

市村先生:そうです。法律的には問題ないです。より詳しく理解してもらうために、ここで麻酔科医の特殊性について話させてもらっても良いですか?

interviewer:もちろんです。

麻酔科医以外は何科を名乗るのも自由

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市村先生:一般の方は知らない人が多いと思うのですが、医師には規定の中に「標榜(ひょうぼう)の自由」というのがありまして、何科を名乗っても良いんですよ。

interviewer:標榜の自由?

市村先生:例えば、私は心臓の手術はできませんが「心臓外科医」を名乗っても良いんです。「精神科医」と名乗ったって良い。できませんけどね。名乗ることだけは自由なんですよ。

interviewer:そうなんですね!もっと厳密なんだと思っていました。

市村先生:ところが、数ある科の中でも麻酔科医だけは厚生労働省の許可がないと勝手に名乗ってはいけないんです。

interviewer:それだけ専門性が高いということですね。

市村先生:そういうことですね。麻酔科医は麻酔のプロ、それ以外の医師は麻酔の素人だと認識してもらうとわかりやすいと思います。

interviewer:麻酔の扱いは専門性が高いにも関わらず、産婦人科の医師が麻酔をしている産科施設もけっこう多いですよね。見よう見まねでもそれなりにできるってことなんですか?

市村先生:その辺の学生を連れてきて、しばらく仕込めば形としてはそれなりにできます。

interviewer:そしたら麻酔のプロと素人の違いって、どこに現れるんですか?

市村先生:何かあった時の「トラブルシューティングをしっかりできるかどうか」にあると思います。麻酔科医なら「プランAがダメだった場合は、プランBで進めよう」という対処ができるのですが、形だけ麻酔を打っている医師だとこれができないんです。

interviewer:なるほど!

市村先生:実際に無痛分娩や和痛分娩で事故が起きる原因のほとんどはこれです。素人が麻酔を打つから。

interviewer:一時期マスコミに無痛分娩の事故が取りざたされていた時がありましたね。あれも同じ原因ですか?

市村先生:そうです。やっぱり素人が麻酔を扱うと事故の可能性が高まりますよね。

麻酔科医が常駐している施設は「和痛分娩」を名乗らない

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市村先生:私が知っている限り、麻酔科医がちゃんと麻酔を担当している施設で「和痛分娩」を名乗っている施設ってないんですよね。

interviewer:え!?そうなんですか?

市村先生:先ほどもお話ししたように、和痛分娩って医学用語で使われないワードなので、麻酔科医がお産の麻酔を担当する施設なら、普通は「無痛分娩」を掲げます。

interviewer:なるほど。

市村先生:だから、麻酔科医ではなく産婦人科医が麻酔を打っている病院が「和通分娩」を名乗っているのかなと推測しています。

interviewer:なぜ無痛分娩を名乗らないのでしょうか?

市村先生:麻酔を担当する医師が麻酔の素人だから「無痛」というところまでコミットできないんでしょうね。自信がないし、しっかりと麻酔を効かせる保証もできない。だから「和痛」という曖昧な表現になるんだと思います。

interviewer:確かに、そう聞くと腑に落ちます。

市村先生:麻酔科医としての立場から言うなら、麻酔がしっかり効いているかわからない曖昧な状態で、お産や施術を進めるというのはあり得ないんですよ。

interviewer:なるほど。

市村先生:痛みをゼロでなく、ある程度減らすことを目的とするのなら「鎮痛分娩」とか「減痛分娩」とかもっと他に適した表現があると思うのですが、そこにもコミットできないから「和痛」というよくわからないワードにしているのかな?

interviewer:この「和痛分娩を掲げている施設は、麻酔科医が麻酔を担当していない説」は、病院のホームページを見れば検証できそうですね。特に和通分娩の病院で出産しようか検討中の方は「麻酔を麻酔科医が担当するのかどうか?」はチェックしてみてほしいですね。

市村先生:あとは、麻酔科医に来てもらっているけど、常駐していないというパターンの施設もあります。だから、たとえ麻酔科医がいるとホームページに書かれていても「それが常駐なのか?」「夜間も対応しているのか?」はしっかりとチェックした方が良いですね。

interviewer:なるほど!

市村先生:(計画分娩以外の)お産ってだいたい夜に生まれることの方が多いので、夜に麻酔科医にいてもらわないと、無痛分娩ができないんですよ。

interviewer:日中の計画無痛分娩のみ受け付けている施設もけっこう多いのですが、それは夜間に麻酔科医を確保できないからということなんですね。なるほど。

市村先生:やっぱり安全に無痛分娩をしたいなら、24時間365日麻酔科医がいる施設を選ぶべきです。

なぜ産婦人科医は麻酔科医の資格を取らないのか?

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interviewer:産婦人科医の先生で、無痛分娩をやるために麻酔科医の資格をとる人っているんですか?

市村先生:ほとんどいないでしょうね。クリニックを自分で開業している医師だったら、まず無理だと思います。

interviewer:なぜでしょうか?

市村先生:麻酔科医の許可を得るためには、2年間麻酔科で勤務するというのが基本条件なんですよ。

interviewer:たしかにそれはハードルが高いですね!

市村先生:さらに、全身麻酔の挿管処理を何百例もこなさなければならないなど、少なくとも2年以上はかかるんです。なので、今の仕事を一旦辞めて麻酔科に入ってトレーニングを受けるのは、現実的に難しいことが多いんですよね。

interviewer:なるほど!

市村先生:勤務医ならまだしも、自分でクリニックを開いている医師は、2年間クリニックを閉じるわけにもいかないですから。

interviewer:市村先生は、産婦人科医であり、麻酔科医でもあるのですが、どうやってキャリアを築いたのですか?

市村先生:私はもともと産婦人科医だったのですが一旦辞めて、麻酔科に再入局しました。「東京女子医科大学附属足立医療センター」で1から修行しました。

interviewer:すごい!そういう産婦人科医の先生は他にもいるのですか?

市村先生:麻酔科に転向してまでトレーニングを受ける人はほとんどいないのが現状です。

interviewer:確かに、そう簡単にはできないですよね。市村先生のようなケースは稀有なんでしょうね。

これからの無痛分娩施設への懸念

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interviewer:これまでのお話で産婦人科医が自ら麻酔を行う背景が見えてきました。しかし、無痛分娩の安全性を確保するために麻酔科医を雇っている病院も多いですよね?

市村先生:そうですね。正直なところ麻酔科医を常に用意できればいい話なんですが、現実はそう簡単ではありません。例えば、多くの施設では週に1回か2回、バイトの麻酔科医に来てもらっていることが多いと思います。でも、24時間365日体制で麻酔科医を配置するのは難しいです。特にお産は夜間が多いので、そういう時には産婦人科の先生が自分で麻酔を行うことがよくあるんですよ。

interviewer:たとえ麻酔科医を雇っても、常駐してもらうのがネックなんですね。

市村先生:少子化の影響で日本全体の分娩数が減っていく中で、患者を確保するためにニーズの高まっている無痛分娩を始める施設が増えています。これを私は「無痛分娩に手を出す」と呼んでいます。

interviewer:たしかに現在、妊娠中の方にとっては「無痛分娩」はホットワードでしょうからね。

市村先生:その一方で、24時間365日麻酔科医を常駐させるためのコストを負担する気がない施設も多いんです。結果的に、産婦人科の先生が無痛分娩を行うケースが増えてきています。

interviewer:麻酔科医を常駐させるためには経営的に難しい面があるんですね。

市村先生:無痛分娩を実施していると謳う施設が増えていますが、学会内でもこれから事故が増えるのではないかと懸念されています。

interviewer:他にも麻酔科医を常駐させるのにハードルになっているポイントはありますか?

市村先生:麻酔科医の中でも心臓の麻酔や集中治療、小児麻酔、ペインクリニックなどの方が、部門としても大きいですし、患者数も多いので、どうしてもそちらに進む医師が多くなります。だから産科に来てくれる麻酔科医が少ないという側面もあります。

interviewer:なるほど。

市村先生:こういった背景から現実的に麻酔科医が不足しているため、どうしても産婦人科の先生が麻酔を行わざるを得ない状況になっているんです。無痛分娩のニーズが増える中で、この問題はさらに顕著になっています。この間、産科で有名な先生とも話す機会がありましたが、やはり「麻酔は麻酔科医がやるべきだ」という意見が強かったですね。

interviewer:ふむふむ。

市村先生:現状では日本の産科麻酔は非常に難しい局面に来ていると感じます。分娩数が増えれば、産科麻酔を専門にする麻酔科医も増えるかもしれませんが、少子化の影響で非常に厳しい状況です。

無痛分娩の事故について

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interviewer:数年前にマスコミにすごい勢いで無痛分娩の事故が取り沙汰されていましたね。あれも、麻酔のプロではない産婦人科医が麻酔を打つことが原因になっているのですか?

市村先生:そうですね。麻酔科医がいなかったケースがほとんどです。

interviewer:あの時は無痛分娩そのものが危険な出産スタイルという間違った認識が世間に広まってしまいました。だからその頃のニュースを見ていた人は、未だに無痛分娩を危険だと思っている可能性がありますね。

市村先生:無痛分娩と自然分娩の大きな違いは「硬膜外麻酔(こうまくがいますい)」をする点にあります。硬膜外麻酔が危険だと思われている方もいるかもしれませんが、硬膜外麻酔は、例えばお腹を開けたり、胸を開けたりする手術の際に必ず使う一般的な麻酔スタイルなんです。

interviewer:出産のための麻酔方法ではなく、メジャーな麻酔スタイルということですね。

市村先生:そうです。だから、全国で毎日何万件も行われている処置なんですよ。無痛分娩の事故に関してはよく聞きますが、通常の硬膜外麻酔に関してはほとんど事故の話は聞きません。

interviewer:ということはやっぱり、麻酔科医が麻酔を打つか、産婦人科医が麻酔を打つかで事故の可能性が大きく変わってくるということなんですね。

硬膜外麻酔って難しいのですか?

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市村先生:麻酔科医にとって硬膜外麻酔は、日本人がお箸を使えるようになるのと同じくらい当たり前のことなんです。

interviewer:ということは割と簡単なんですか?

市村先生:簡単ではないです。お箸もほとんどの日本人が当たり前に使っていますが、子供の頃、お箸をちゃんと使えるようになるまでにはそれなりに苦労したはずです。

interviewer:たしかにそうでした。

市村先生:医学生が研修が終わって麻酔科に入ると、まず1人前になるためにこの硬膜外麻酔が確実にできるようになる必要があります。そのために、1年半から2年ぐらいかけて集中的にトレーニングを受けます。

interviewer:硬膜外麻酔を会得するだけで、そんなにトレーニングするんですか。

市村先生:そうなんです。硬膜外麻酔がきちんとできるようにならないと、1人で外の病院で仕事をすることは難しいです。

interviewer:麻酔の中でも基本中の基本という感じなんですか?

市村先生:「基本中の基本」というよりも、硬膜外麻酔がきちんとできるようになれば「技術的にはある程度大丈夫かな」という感じです。ひとまず合格点といったところですね。一人前とまでは言えませんが、少なくとも麻酔科医としてご飯は食べていけるようにはなります。

interviewer:麻酔って、他にはどれくらい種類があるんですか?

市村先生:大きく分けると、麻酔は3種類あります。「全身麻酔」「脊髄くも膜下麻酔(帝王切開の時などに使われる下半身麻酔)」そして「硬膜外麻酔」です。全身麻酔は誰でもできるわけではないですが、難易度としては高くありません。脊髄くも膜下麻酔も比較的簡単です。ですが、硬膜外麻酔は少し難しいですね。

interviewer:やはり硬膜外麻酔が一番難しいんですね。

市村先生:そうです。硬膜外麻酔は脊髄の外側の特殊なスペースに麻酔薬を注入するんですが、患者さんごとに体格や状態が異なるので、経験とセンスが必要です。技術がかなり問われる部分なんですよ。

和痛分娩に関する見解

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市村先生:和痛分娩と名乗る施設は、無痛分娩やお産に対するスタンスが見えてくると思います。本気で無痛分娩をやっている施設なら、絶対に「和痛分娩」とは名乗らないでしょう。

interviewer:そうなんですね!

市村先生:「和痛分娩」と名乗っているところでお産をするのは、どうなんでしょうかね。少なくとも、無痛分娩というのは単なる気持ちの問題ではなく、コストをかけて専門的に取り組んでいるかどうかにかかっています。もしきちんと取り組んでいるのであれば「和痛分娩」とは名乗らないはずです。だって「和痛分娩」という言葉は学問的に存在しない言葉なんですから。

interviewer:ほうほう。

市村先生:「和痛分娩」を謳っている施設は、無痛分娩に対する真剣さが欠けているように思います。麻酔の専門家として見ると、そう感じざるを得ません。実際「産科麻酔学会」や「周産期麻酔学会」に参加しても「和痛分娩」という言葉は一言も出てきません。また、和痛分娩を謳っている病院は学会にも参加していないことが多いです。

interviewer:市村先生の無痛分娩への熱い想いがほとばしってますね。

市村先生:もう1つ納得がいかないことがあるんです。私たち「鎌ヶ谷バースクリニック」は24時間365日体制で麻酔科医を常駐させて無痛分娩を行っています。それなのに、麻酔科医が常駐していない施設と比べて、料金に大きな違いがないんです。むしろ、彼ら(麻酔科医が常駐していない施設)の方が高く取っていることもあります。

interviewer:えっ!?そういうケースって意外と多いんですか?

市村先生:けっこう多い気がしますね。

interviewer:そうなんですね。。。

市村先生:最後に、繰り返しになりますが強調しておきたいのは、無痛分娩を選ぶ際には、やはり麻酔科医が24時間365日常駐している施設を選ぶべきだということです。無痛分娩を提供していると謳う病院でも、麻酔科医がいない施設は避けることが大切です。産婦人科の先生が見よう見まねで麻酔を行うことは、絶対に避けるべきです。

interviewer:はい!

市村先生:これから無痛分娩が普及していくほど、その病院のスタンスが透けて見えてくると思います。「安全なお産とは何か?」「病院が無痛分娩のためにどれだけのリソースを割いているか?」が見えてきますよ。

interviewer:今回は、市村先生の無痛分娩に対する熱い想いが、火傷しそうなほど伝わってきました!次回もまた別のテーマでインタビューお願いいたします。本日はありがとうございました!

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